悪の出世学 ヒトラー、スターリン、毛沢東 (中川 右介, 幻冬舎新書)
本書は, そのタイトルの通り, 20世紀において最も悪名高い3人が, どのようにしてその地位に上り詰めたのかについて描く. 彼らの出生や家庭環境から始まり, 各々の組織に入団し, その中での活動, そして, 独裁者の地位まで駆け上がった過程が中心で, その後に彼らが引き起こす粛清や虐殺については, 有名なので特に述べるほどではないのか, 軽くまとめられている程度だ.
出世がテーマになっていることもあって, 比喩や各章のまとめに, ハウツー本のような雰囲気がある. 時々, 卑近な話題がでてくる.
内容と読後感は以下のような感じ.
スターリンと毛沢東は, 似たような組織(共産党)の性質に由来するのか, 中間管理職のようなポジションで, かなり辛酸を舐めさせられてきたような人だった. 実務に長けているといった印象で, 彼らが特別優れていたというよりは, 周囲の人間が政治/軍事的に才覚のないインテリ達で, 彼らから押し付けられた仕事を地道にこなしていたところ, 結果的に生き残ったのがスターリンと毛沢東だったというストーリーだ.
スターリンは民族独立運動に興味を持って活動を始めているし, 毛沢東も元は大学の聴講生で, 講義に参加したりしていた. しかし, 彼らは, その共産党内の活動の中で, 自身の確固たる思想のようなものを持ち, 主張しているわけではない. この辺が彼らが周囲との衝突から身を守り, 結果的に彼ら自身の成功をも守ったのではないかと本書では分析している.
党内では, 持論と相手の主張を戦わせる論争が, 度々起こる. 彼らが属した共産党員には, 党のコンセプトがマルクス主義という一種の思想に由来するためか, 「理論家」のような人が多い. 理論とはいっても, 思弁を戦わせるような人たちだったようで, 対人論法的な部分があったためか, 自分に逆らうやつはすべて敵を地で行く人たちだった. しかし, スターリンや毛沢東はこれにあまり積極的に関与している節がない.
ソ連の共産党とは, 一度意見を相違えた人とは絶対に交わらない心の狭い人の集団だったようで, これが党内の分裂を生みメンシェヴィキとか, ボリシェヴィキという派閥に分かれていったり, 党内で左遷されたりするようだ. ボリシェヴィキのレーニン派につき, 論争によって直接争わなかったことが, スターリンのポジションを維持し, 他の党員は党内抗争において, 次々とレーニンから距離を置かざるをえなくなった. 結果, スターリンは, 時の権力者であるレーニンの一番の側近になってしまった.
分裂の激しい党の性格を思うと, 最終的に党は空中分解してしまいそうで, 共産党政権の樹立などありえないように思える. しかし, ロシアでは帝政の崩壊が, 中国では大戦後のソ連の支援のという, 時代の流れに調度いいタイミングで党自体も波乗りできた感があったのかとも考えた. しかし, 内紛に勝つという共産主義思想とは全く関係のない仕事こそ, スターリンや毛沢東の得意分野だったのかもしれず, そう考えると, 彼らが政権の座についたのは必然だったのかもしれない.
毛沢東の軍事における才能もさることながら, あからさまに周囲がダメな指導者ばかりだと, 結果的に, 彼が輝いて見える. そんな相対効果もあったのかもしれない.
一方で, ヒトラーは, 自身の演説の才能と独特の交渉スタイル(?)だけでのし上がってきた不思議な人物だ. 演説(自身の才能)だけで, 一国の首相にまで上り詰めるというのはある意味では夢物語のように思え, 彼の人生のある一部分だけを切り取れば, 自分の才能によって立身出世するというドイツだけどアメリカンドリームの様相がある.
本書では, 時々, 聴衆は演説に酔いしれていたという記述が度々でてくる. 彼の演説の巧みさは, 有名だが, 当時のヒトラーの演説を捉えた映像を見ても, どこがどう良かったのか, 私にはわからない. ドイツ人(ドイツ語話者)なら理解できるのだろうか.
ヒトラーはもともと, 凡庸な家庭に生まれ, シンプルな家庭環境である一方, 学業も落第と中退を繰り返し, 自身が志望した画家の学校の受験にも失敗している. 落ちこぼれではあるが, 特別不幸な生活だったわけでもない. その後は, 画家として, (そこそこ売れたらしい)絵の売り上げと恩給や遺産で生活していた. しかし, 時代が一次世界大戦に突入すると, 軍に入隊し, 勲章を受章するほど活躍したが, 上司の判断で, 伍長どまりで管理職にはなれなかった. 管理職向きではなかったようだ. 管理職に向いていないのに独裁者に向いているというのがなんとも.
終戦後も, 細々と軍の仕事を続けており, スパイとして活動していたところ, ドイツ労働党のドレスクスラーと出会う. 「この偶然の出会いが彼の運命を変える」のである. ドイツ労働党へ入党すると, その演説の才能で頭角を表す. スターリンや毛沢東が長年甘んじてきた2番手以下のポジションを引き受けることを嫌い, 最初は党の演説者として有名になり, その次のポジションはいきなり党首(第一議長)になる. さらに, 大臣になるというプロセスを飛ばしていきなり首相まで踊り出る. 例えば, 副首相の話を持ちかけられても全部断っているのだ. それでも, 首相になってしまうのだから嘘みたいな話だ. ただし, 当時の大統領ヒンデンブルグを脱税の件で脅し, それにより首相の承認を得たとも伝えられている.
ヒトラーの交渉術が巧みであるが, さらに, ヒトラー自身, 交渉のための交渉材料を持っていた部分が彼の出世をスムーズに進めたようだ. 無名だった頃の交渉材料は, 彼の飛び抜けたスピーチの才能であり, 首相へたどり着くまでの交渉材料は, 全議席の1/3を占めていたナチ党の議席数だ.
演説の才能だけで票を獲得する行為自体, 政治家が実践する方法論としては全うな手法だったとしても, 政治家が公約している政策の正しさや正当性, 妥当性からその政治家を支持しているとはいいがたく, 大丈夫か民主主義, と思ってしまう. この件は民主主義が大々的に失敗した例だけど.
全体的に濃い内容だが, 完結にまとまっている. わかりやすく, 飽きのこない語り口で, 久しぶりに面白い本を読んだ気がした. ピカレスクロマンとしても面白いし, 歴史書として普通に読んでもいいし, もしかするとハウツー本としても読めるのかもしれない.
本書の話題とは, 全く関係ない話だが, この本では, 全体が7章にわかれている.
しかしこれは, スターリンの誕生から独裁者へで1部, ヒトラーの誕生から独裁者へで2部, 毛沢東の誕生から独裁者へで3部としても良かったはずだ.
一人の人間の人生を最初から最後までストレートに記述した方がわかりやすく, 混乱がないという問題と, 3人の人生をそれぞれのフェーズで比較したほうが, 彼らの行動の違いや共通点がわかりやすく示せて, 面白いという問題がある. 一方で, 本のテキストは直線的で, 前から順番に書いていくことしかできない. 本書では, 後者を採用している. どちらを採用するかは, 内容に依るとはいえ, 難しい問題だと思う. この現象がなんとなく, 横断的関心事に似ていて面白かった.
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